思い出すことのできるメモに関する考察
過去の日記を読んでいて、今でも重要だと思える内容があったので転載してみました。2004/06/19 10:17:05。
以前どこかの大学の講演がストリーミングで視聴できるようになってるのをBGMにしてたな。と思い出して探す探す。 http://www.stanford.edu/class/ee380/。
人間の記憶力は当てにならないからこそ、日記などの形で記録をとることと、 それを検索できるようにすることは重要なわけですがね。 いい方法ないもんですかね。 横着プログラミングを参考にしつつ考える。
僕は2001/4/29 12:3:35から2003/8/13 16:17:35までの間に2630個、3MB弱のメモを書いているのだけど、 現在の技術でこれを全文検索するのはちっとも難しくない。 今後も僕が書くメモは増え続けるだろうが、 メモの量の増加よりコンピューターの性能の向上のほうが早いだろうから、 今後も検索が容易であることは変わらないだろう。
一つ目の問題点は、「探す」ことは出来ても「思い出す」ことが出来ないことだ。 文字の発明によって、記憶の外部化が可能になり、 さらにその電子化によってその外部記憶の中から「探す」ことも容易になった。 しかし、「ふと思い出す」ということは出来ない。 このストリーミング放送にしても、今「以前、どこかの大学の講演をストリーミングで聴いていた」 という内部記憶を「ふと思い出した」からこそ外部記憶からそのURLを探し出すことが出来たのだ。 4月の頭から「英語力を鍛えなきゃ」と思っていたにもかかわらず、 「思い出す」のに80日もかかったことになる。
もう一つの問題点は、このメモの低水準さだ。 人間の脳の中のアイデアは、イメージが連想でつながりあったシーケンシャルでない形であって、 それを声という1次元的なデバイスに出力するために、 シーケンシャルな文章という形にコンパイルする必要性があったわけだ。 しかし、文字を使えばより高水準な表現手法が可能であって、その一つに 人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考 のような脳内の連想を書き出す方法があるわけだ。 メモも、このような、より高水準な形で書き、高水準な形で検索が出来るようになって欲しいのだけど、 残念なことに電子的に高級なメモを書いたり検索したりする手法はまだまだ発展途上なんだよね。
フロー状態で文章を書くときって、 次から次から思いつく内容をそのまま文章の形で出力していくわけだが、 これってのは本来放射状の「マインドマップ」をシーケンシャルにたどっているものなわけなんだよね。 過去の日記を見れば、似たアイデアをいろんな文章で書いているんだが、 これがシーケンシャルなせいで容易にマージできない。 そこんとこなんとかならないものか。
とかとか思ったりもするんだけどまとまらないなぁ。 とりあえず、古いサーバーではNamazuを入れて全文検索できるようになっていた日記だけど、 今のサーバで書いてあるのは検索できないので後々不便に違いない。 そのうちに何とかしないと。 適切な形でエクスポートするのが一番手間が少ないだろうなぁ。むー。
高水準言語でメモを取る話に関しては、 どうせみんな読まないし(ぇ) 個人用のメモとして適当に実装してみるのも悪くないような気もする。
マインドマップをマインドマップの形のままやりとりしたり保管したり検索したりできるようになると、新しい世界が開けるのではないかと思います。
フィードバック
前に話されていたのを覚えています。けど、これはそれなりのものが近々作られそうな気もしてしまうのです。web2.0を代表するようなプリケーション、blogなどに関していえばそれを視覚化する「blogkeywordvisualizer」や、「はてなダイアリー日記」のように文中キーワードを拾い集めリンクを貼るようなものもあります。これらを、もう一度、インターネット上ではなくパソコン上で動かせるようにすればいいと思うのです。そのために、Googleデスクトップのようなローカル検索アプリと組み合わせるのです。あと、補完的に汎用連想計算エンジンGATEのようなものも、あくまで補助的に入れておきましょう。あとはテキストやhtml、その他もろもろをアプリ管理下のディレクトリに放り込みインデックス化し高速な検索エンジンを使って検索、関連するキーワードまたは連想されそうなものをグラフ化すれば、勝手にある程度のデータの連なりができ「思い出すこと」が作れるのではと思うのです。ローカル環境だからweb2.0をもじってPC2.0とか?けど、これじゃたぶん、まだまだ発展途上といわれそうです。 連想とか思いだすというのは周りからのインプットに対する反応であれど、それは考え方だったりにつながるもので、そのまま人の個性になってしまうと思うのです。つまり、このようなものが実装できて、同じデータでも入力順によって思い出したりのパターンが違ってきたら、それは人工知能の駆け出しになるのじゃないかとも思います。そうなるとロボットの知性や意識も作れるかもとしれない、人口の知性が生まれるかもしれないと夢物語を考えてしまいます。グラフアプリ作成者であるドクターとして、また人工無能の作者として、ぜひ挑んでいただきたいと思います。