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モヒカン日記

はじめてのA(アプレット)
たとえて云うと、電源が入っていないロボットがクラスで、 入って仕事しているロボットがオブジェクトで、電源を入れることをインスタンス。ってな感じかなぁ...。

えー。


= エレクトロプランクトン ELECTROPLANKTON。 僕もプランクトン作りたい。
= SOMの説明。 「SOMの説明どこだっけ」と聞かれて、見つけ出してきた説明。
= strongaxeの日記 - モヒカン族とアスペルガー
とりあえず、モヒカン族にはモヒカン族なんてかっこいい名前をつけるより「病識」を持ってもらうほうが先なのでは。
ウェブで診断基準の字面を追っただけで他人に 「おまえら病気なんだから自覚しろ」 なんて放言できるのは、なかなか…なんというか…自己相対化ができていないのではないでしょうかね。

まぁ、定型発達者の中でも自己相対化のできていない人は、 平然と「空気を読め」なんて言い放ったりしますが。 彼らが「空気」と呼ぶ「言語的コミュニケーションによらずに共有できる感覚」は、 必ずしもすべての人に共有されているわけではないということです。

僕は空気が読めないのだけども「誤字脱字を訂正すると不快に思う人が多い(特に口頭の場合)」 というのは知識として知っています。 だから特に訂正する必要がない場合には訂正せずにスルーしています。 しかし、自分がつっこまれる側で、つっこまれても不快に思わない場合は、 「余計な気を回される」と知識を獲得するチャンスを失うことになります。 「不快に思わない人」同士がお互いに気を使いあってつっこまない場合、 お互い損をするわけです。 まさに囚人のジレンマ - Wikipediaですね。 これを回避する方法はモヒカン族同士がお互いにカミングアウトして 「モヒカンのつきあい」をすることかと。

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フィードバック

by Anonymous | 2007年01月17日 21:19

それは、モヒカン村の空気を呼んだ付き合いと呼ばないのでしょうか?

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